サシバはタカの仲間
サシバという名前を知らない人は、サシバと聞いてどんな鳥か想像できないかもしれませんが、タカ目タカ科に属する鳥で正真正銘タカの仲間です。漢字では「差羽」や「刺羽」と書き、差すは物差しでイメージできるように一定の方向に向かって直線的に運動するという意味があります。もう一つは雲などが立ち上るという意味もあるそうで、これは渡りの時期にサシバが上昇気流にのってタカ柱を作り、上空まで上がると渡り方向にまっすぐ飛んでいく様を表しているという説があります(『野鳥の名前』山と渓谷社より)。大きさは全長47cm(オス)、51cm(メス)ほどで翼を広げると115cmほどになります。世界ではアジアにのみ生息し、中国、韓国、そして日本の青森県から九州地方などで繁殖して、冬は日本の南西諸島やフィリピンで越冬します。日本の越冬場所の北限は奄美大島とされています。主にカエルやヘビ、バッタ、カマキリといった小動物を餌としており、子育ての後半ではヤママユガの幼虫などもヒナに運ぶようになります。繁殖期にはカエルがいるような水田と巣を架けられる林が一体となったような谷戸環境を好んで子育てします。日本の文化を代表する里山に依存した鳥といっていいでしょう。渡りの観察場所として有名な伊良湖岬は、松尾芭蕉が「鷹一羽 見つけてうれし 伊良湖崎」と読んだことでも知られています。日本を代表する渡り鳥の1つです。
サシバの1年
-秋ー
本州では9月から10月が越冬地への渡りのピークです。奄美大島には10月から11月にかけて渡ってきます。さらに南の宮古島や台湾も10月がピークになります。フィリピンも10月に入って渡ってきますから、9月から11月が渡りの時期になるでしょう。
ー冬ー
11月から4月、奄美大島以南の南西諸島からフィリピンにかけての里地でサシバは越冬します。ミンダナオ島の最南端で見ているとさらに南に渡っていくサシバも少数いるので、インドネシアまで渡る個体もいるようです。奄美大島では、バッタやカマキリ、トカゲ、ヘビのほか、カニなども食べるようです。
ー春ー
フィリピンのルソン島最北端では3月中下旬が繁殖地への渡りのピークになります。4月には本州でもサシバが見られますから、3月から4月が春の渡りのピークと考えられますが、奄美大島では4月中下旬でも北に向かうサシバを見ることができます。
ー春から夏ー
4月から5月にかけて巣を架け、子育てを始め、7月から8月には雛が巣立っていきます。そして里山でしっかり栄養を補給して飛ぶ練習も済ませ、早いところで8月、通常9月には南に向かって渡りを始めます。
絶滅危惧種のカテゴリー
サシバは絶滅危惧種で、環境省のレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類に位置付けられています。都道府県ごとに見るとそれぞれの自治体で捉え方が異なりますが、地図に図2のようになっています。カテゴリーの示し方もそれぞれなので、環境省のカテゴリーに合わせて整理してみました。
この地図を見ると、分布をしていない北海道以外は、全て絶滅の危機に瀕しているとされています。また、絶滅のおそれが最も高い絶滅危惧Ⅰ類に指定されている都道府県が13もあるというのは、サシバが全国でいかに危機的な状況にあるのかを示しています。
また、レッドリストがしばらく更新されていない自治体もありますので、絶滅危惧Ⅰ類の数は今後まだ増える可能性があります。
サシバを保全するための取り組み
サシバは国境を越えて移動する渡り鳥です。そのため繁殖地や中継地、越冬地のどれか1か所だけ守っていてもサシバを保全することはできません。そのため、私たちは国際間で協力して保全するネットワークを広げ強化することに参画しています。
【国際サシバサミット】
国際サシバサミットは、アジア猛禽類ネットワーク、日本自然保護協会、日本野鳥の会といった主たる鳥類の保護に関わる団体が運営に関わっており、私たち日本鳥類保護連盟も参画して活動をしています。このサミットでは、繁殖地、中継地、越冬地全ての場所を保全できるよう、関係のある国々が集い、すべきことを確認し、情報交換を行い、協力していくことの宣言が行われています。
2019年の第1回は、サシバの繁殖地として有名な栃木県市貝町で開催され、フィリピンからも関係者が来日して盛大に行われました。このサミットは各国が持ち回りで開催しますが、新型コロナウィルス感染拡大により世界中がパンデミックになり、2020年は開催することができませんでした。そして感染状況が落ち着き始めた2021年10月、オンラインとの併用で沖縄県宮古島において第2回が開催されました。
そして2023年10月に第3回が渡りの中継地である台湾にて対面形式で開催され、多くの関係者が集いました。今後、2024年3月には密猟撲滅に成功したフィリピンのサンチェスミラで、2025年には越冬地である奄美大島の宇検村で開催が予定されています。
【奄美大島での越冬数の調査】
奄美大島は国内におけるサシバの越冬地の北限です。そこには冬になるとたくさんのサシバが渡ってきて越冬していることは地元の人も含め周知の事実だったのですが、実際どれくらいの数が渡ってきて越冬しているかは分かっていませんでした。
宇検村在住の与名正三さんは何年もかけて調査し、奄美大島の五市町村の1つ宇検村で約300羽が越冬しているという結論を出しました。私たちはその情報を踏まえて、2021年11月、奄美大島全島ではどうかを調べることにしたのです。当連盟をはじめ、アジア猛禽類ネットワーク、日本自然保護協会、日本野鳥の会、奄美野鳥の会、奄美の自然を考える会など島内外から総勢55名がボランティアで集まり、調査を実施しました。
県道・市町村道、林道、農道、それぞれにおいて往復で4kmの道のりを徒歩で歩きながらサシバを探しました。これを1日2~3ルート。3ルートなら12kmの道のりです。調査は3日間行われ、国道・県道111ルート、市町村道・林道・農道35ルート、そのほか範囲を区切ってエリアで見た場所が10か所、それぞれでカウント調査を実施しました。ルートだけでも146ルート、雨でやり直したルートもあり実質150ルート分以上実施したため、往復4kmで600km以上歩いたことになります。直線距離なら東京-岡山間より長い距離です。
その結果、重複個体と思われるものを調査者の判断で取り除いて、全体で923羽をカウントすることができました。全ての道路を歩いたわけではないので、宇検村の300羽という数字と比較し、実際の数を推定した結果、約2000羽という数字が導き出されました。
実数はこれよりも多いだろうと私たちは予想していますが、最低でもこれぐらいは奄美大島の自然が支えていることになります。生態系の上位捕食者として考えれば2000羽というのはとても多い数です。この数を支えている奄美大島はサシバにとって良好な環境と言えるでしょう。2022年以降、世界自然遺産に指定された照葉樹林帯における生息数調査など、サシバを支えている奄美大島の環境要因が何であるかを把握し、約2000羽をより信頼のある数字に近づけるため、補完調査を継続中です。
【渡りルートの調査】
これまでにもサシバにGPSタグを装着して渡りを追跡する取り組みが東北地方や石垣島などで行われてきましたが、これらの個体で得られた情報では、フィリピンまで移動する記録はありませんでした。
鳥の渡りは、繁殖地が異なっていても同じ種であれば移動距離がだいたい同じものや、繁殖地が南に近いほど移動距離が小さいもの、雌雄によって移動距離が異なるものなどいろいろなパターンがあります。サシバがどれに該当するかは、これまでの事例では断定できません。また、主要な越冬地である奄美大島からフィリピンにおいて、国内のサシバと海外のサシバがどのように関係しているかも分かっていません。
これまでの調査から、サシバの繁殖地や中継地、越冬地について明らかになっていることはいくつかありますが、これらはある場所での点の情報にすぎません。サシバの渡りの生態における全体像を理解し、保全を進めていくためには、さらなる調査が必要です。
私たちはクラウドファンディングにより皆様から資金援助をいただき、2023年より調査を開始しています。
【中古双眼鏡の寄贈】
フィリピンでは、サシバの重要性を理解してもらうために学校や地元の人たちと一緒にサシバを観察し、渡りのカウントを行っています。しかし、双眼鏡といった高価なものは持つことができず、子供たちは肉眼でカウントをしている状況でした。日本鳥類保護連盟では、子供達への普及啓発がより進むよう、皆様から中古双眼鏡を募集し、フィリピンの子供達へ届ける活動を続けています。