干潟には、たくさんの動物が暮らしていますが、その動物たちのことをよく知っている人は多くありません。例えば、アサリ、カニ、ヤドカリ、ゴカイ等の名前は聞いたことがあるかもしれませんが、それらは「魚」や「鳥」と比べるとあまり知られていないように思います。おそらく「動物」というよりは「食料」というイメージかもしれません。ここでは、そんなあまり知られていない干潟の動物の中から、「シオマネキ」というカニを紹介します。
●モテたい?
「シオマネキ」は、甲羅の幅が4cmくらいの大きさで、オスの片方のハサミだけが大きいカニです。オスの大きいハサミは、性選択(異性から選ばれるために有利となる形が子孫に受け継がれる)の結果として生じた形質であると考えられており、繁殖に関与していると言われています。
干潟で「シオマネキ」が食事する様子を観察していると、メスは両方のハサミを休むことなく口に運ぶ一方で、オスは小さい片方のハサミのみを使って食事をしています。実は、オスの大きいハサミは、食事をする時にほとんど利用できません。なんだか少し不憫です。また、繁殖期になるとオスとメスで行動に差が見られます。例えば、メスは干潟でずっと食事をしているにも関わらず、オスは食事を止めて他のオスと喧嘩をしたり、巣穴を直したり、さらには大きいハサミを振り上げるような行動(ウェービング)をとるようになります。このウェービングと呼ばれる行動は、配偶行動(メスと交尾するための行動)の1つであると考えられています。このウェービングが、どのくらいメスへのアピールに貢献しているかは正確には分かっていませんが、オスは自分に注目が集まるよう、大きなハサミを振り上げるのかもしれません。いずれにせよ、食事時間を減らして、周りの注目を集める努力をするオスの姿を眺めていると、シオマネキの社会ではとりわけオスは大変なんだなぁと思ってしまいます。
●食へのこだわり?
シオマネキの仲間は、住む場所にそれぞれの好みがあるようです。我々からは同じように見える干潟でも、彼らは種類によって底質の好みが異なっています。その理由の一つとしては、彼らの口の形が種類によって異なることが挙げられます。基本的にシオマネキの仲間は干潟表面に分布する微細な藻類等を食べていますが、その様子を観察していると泥や砂ごと口に入れて藻類だけをこしとり、泥や砂は吐き出しています(彼らが食事をした周辺では吐き出された泥だんごがきれいに並んでいます)。彼らは、それぞれの種類の口の形に応じた大きさの底質でないとうまく餌をこしとることができません。特に、「シオマネキ」は、干潟の中でも泥質の干潟を好むため、そのような干潟が見られる有明海沿岸部では数多くの「シオマネキ」をみることができます。つまり、もし泥質の干潟が減ってしまえば、彼らも暮らしていけなくなってしまうのです。
●異端児?の生き残り戦略
日本には、「シオマネキ」を含めて、その仲間が10種類ほど暮らしています。そのうち、本州(南西諸島以北)で見られる種類はシオマネキ(写真1)とハクセンシオマネキの2種です。残りの種類は主に南西諸島以南でしか見ることができません。また、世界では、熱帯地域を中心に100種以上が知られています。本来、シオマネキの仲間は熱帯地域で暮らすカニなのです。つまり、温帯で暮らす「シオマネキ」は、シオマネキ界では北の方で暮らすことができる異端児と呼んでもよいのかもしれません。
私は「シオマネキ」の暮らしぶりを知るため、温帯(徳島、熊本)と亜熱帯(沖縄)の干潟で彼らの行動を観察しました。その結果、同じ「シオマネキ」でも温帯と亜熱帯では暮らし方に違いがあることが分かりました。例えば、同じ種でも温帯で暮らす「シオマネキ」は成熟が遅い一方で、亜熱帯で暮らす「シオマネキ」は温帯域のものよりも1年早く繁殖に参加していました。この成熟のタイミングの違いは、主に冬に活動することができるかどうかが鍵となっていると推測しています。カニは昆虫と同じく節足動物に分類される変温動物と呼ばれる動物です。恒温動物である人間や鳥とは異なり、体温調節が苦手で、外界(環境)の温度の影響を強く受けます。そのため、気温が低い時期は、ほとんど活動することができません。「シオマネキ」も同様で、温帯で暮らす彼らは冬の時期は巣穴にて冬眠状態で過ごしています。一方で亜熱帯では明確な四季の区別がなく、冬でも活動できるだけの気温が維持されるため、そこで暮らす彼らも干潟で一年中活動し、餌を食べ続けることができるのです。つまり、同じ1年間という期間でも温帯のように活動(特に餌を食べる)時間が限られる「シオマネキ」は、ひとまず生存条件が厳しくなる冬を乗り越えるための術として、餌から得られるエネルギーを繁殖ではなく、成長や生存率を高めるために投資し、生存率が高くなって(=体が大きくなって)から、繁殖に参加するという暮らし方をすることで子孫を残してきたと考えています。
●地域間交流
カニは幼生期をプランクトンとして過ごします。つまり、生まれた場所に一生とどまるのではなく、海流にのって別の地域へ移動することができるのです。そこで私は、日本に分布している「シオマネキ」について、各地域でどれくらい交流しているかを調べました。その結果、沖縄島で暮らす「シオマネキ」は、他の地域との交流がほとんどなく、孤立していることが分かりました。これは、黒潮の流路が幼生分散の障壁として働いているものと推測しています。また、他地域との交流がないということは、一度集団が絶滅してしまうと二度と彼らを見ることができなくなってしまうということでもあります。そのため、現在、沖縄島の「シオマネキ」は、沖縄県のレッドデータブックで「絶滅危惧IA」に指定されています。また、彼らの暮らすことのできる干潟が減少するに伴い、シオマネキの仲間も絶滅が危惧される種として指定されるようになっています。私たちも彼らの暮らす干潟を大切にしていきたいですね。
シオマネキの仲間は、その特徴的なハサミやウェービングという行動から、干潟でも比較的見つけやすいカニだと思います。ぜひ夏の干潟を訪れた際に、ウェービングしている彼らの姿を見かけたら、無事お目当てのメスを獲得できるかどうか、優しく見守ってあげてください。
プロフィール
青木美鈴(あおき・みすず)NPO法人日本国際湿地保全連合主任研究員。琉球大学で海洋生物について学び、シオマネキの研究で博士号(奈良女子大学)を取得。2012年から日本国際湿地保全連合にて、環境省のモニタリングサイト1000沿岸域・陸水域調査の事務局を担当している。また全国の干潟にて、専門家たちと一緒に楽しく現地調査を実施している。
関連文献:
Aoki et al. (2008) Low genetic variability in an endangered population of fiddler crab Uca arcuata on Okinawajima Island:analysis of mitochondrial DNA, FISHERIES SCIENCE, 74: 330–340.
Aoki et al. (2010) Interpopulation variations in life history traits in the fiddler crab Uca arcuata, JOURNAL OF CRUSTACEAN BIOLOGY, 30(4): 607-614.