生き物を地域の架け橋に

〇活動期間:2020年4月~
〇参加人数・部活名等
生徒13名 教員3名
〇活動場所
学校と学校周辺

🌐 環境省環境教育動画100選(磯城野高校)

活動内容

1.1 活動の背景と課題提起
 生物多様性の損失を止め反転させる「ネイチャーポジティブ(自然再興)」の達成は国際的な至上命令である。農業空間は、人の適切な管理によって維持される「二次的自然(里地里山)」として豊かな生態系を育む重要拠点を担っている。
 奈良県立磯城野高等学校は都市化が進行する奈良盆地中央部に位置する。2020年度のJ-GAP認証取得に向けた環境調査を契機に、一見ごく普通の学校農場であるが、ここの野生生物相調査を開始した。調査は5年間にも及び、その結果、予想を超える豊かな生態系が存在することが判明した。
 一方で、奈良県内には動植物の情報を一元的に集約・保全推進する県立の自然史博物館や県立の生物多様性センター等といった県レベルの公的機関が存在しない。そのため、身近な自然の価値が地域社会に十分共有されず、「生物多様性の主流化(一般普及)」が遅れているという地域的課題が存在している。そこで私たちは、学校農場を「地域のミニ生物多様性センター」とすることを目標とし、生物相の解明・公的還元・市民啓発・課題解決型研究を統合した保全実践を行っている。

1.2 5年間に及ぶ野外生物相調査と「野生生物目録」の完成・公的還元
 2020年4月から2025年3月までの5年間にわたり、ルートセンサス法による調査と農場内各エリア(水路・果樹園・圃場・造園見本園等)の定点調査を継続実施した。専門家(奈良県レッドデータブック改訂委員等)の指導・同定を経て、合計786種の野生生物を確認した。なお、農場では減農薬栽培やIPM(総合的病害虫防除)を実践している。
 この中には奈良県レッドリスト記載種28種(動物23種、植物5種)や、奈良県野生生物目録未記載種27種が含まれる。特に、県絶滅危惧種ナガオカモノアラガイの県内最大級の生息地が本校の敷地内で確認されたほか、国内で4例目となるケショウオカモノアラガイ(仮称)などの貴重種の生息も判明した。そして、私たちは、これらの調査成果をまとめた『奈良県立磯城野高等学校野生生物目録』を作成し、2025年3月に奈良県環境森林部長へ正式に提出し、データとして利用できるようにした。

1.3 「地域のミニ生物多様性センター」としての教育普及活動
 野生生物や生物多様性の保全意識の普及のため、学校の農場を拠点とした「磯城野高校いきもの観察会」を約1年半で計9回企画・開催した。回ごとに、例えば「地中の星(ホタルミミズ)」「田んぼのエビ」「雑草」「外来種」といった特定のテーマを設定し、体験型プログラムを提供するようにした。また、校内には「田んぼの水族館」を設置し、児童・市民が日常的に地元の淡水に住む水生物を見ることができる環境を整えている。
 さらに私たちは、学校内にとどまらず、2021年度より県内各地(田原本町、広陵町、奈良市柳生等)で実施される観察会へ「生き物調べサポーター」として通算20回以上参加し、生き物調べはもちろん、河川のごみ拾いも合わせて実施するなど、外部支援も展開している。

1.4 未利用資源を活用した外来種(ジャンボタニシ)被害抑制の市民参加型研究
 水田生態系を脅かす外来種スクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)に対し、化学農薬に頼らない環境配慮型の被害抑制技術の開発に取り組んでいる。地域企業から排出される未利用資源(酒造会社の酒粕、梅酒漬け梅、廃段ボール片)に着目し、模擬水田(トロ船)実験および実際の水田での実証実験を実施した。観察会と連動した「市民参加型公開実験」として展開し、参加者と共に環境保全と農業生産の両立を模索している。

1.5 バタフライガーデンの地域展開と多主体協働
・持続的運営体制2021年より「蝶から広める生物多様性」を掲げ、近鉄西田原本駅、町役場、近隣の幼稚園・小学校等にバタフライガーデンを設置・普及した。一部のバタフライガーデンは高齢者のフレイル予防・健康増進を目的とした「福祉交流花壇」としている。これらの花壇では企業・施設から提供された未利用資源(麻袋、ミミズ糞、甲虫類の糞)を土壌改良材として活用する循環型施策を取り入れた。
・運営においては、在校生チーム「Flowers」だけでなく、活動の永続性と専門性を高めるため、大学等へ進学した卒業生が結成した支援チーム「Seeds」が加わり、世代を超えた多主体協働ネットワークを構築している。また、野生生物目録を提出したこともあり、奈良県レッドデータブック改訂委員の先生方からの支援もたくさん受けられるようになった。

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成果・工夫した点

2.1 学術的・公的価値の創出と二次的自然(学校農場)の保全
 学術的データの集積と行政への還元:学校の農場で786種の生物相を解明し、専門家からも「奈良盆地中央部における包括的データとして極めて学術的価値が高い」との評価を得た。野生生物目録の奈良県環境森林部への提出を通じ、公的機関が存在しない地域において学校農場が公的な生物多様性保全拠点として機能することを実証した。
 貴重種の退避地(リフュジア)機能の立証:農薬の使用をできるだけ抑えた農場管理と多角的な微環境(水路・果樹園・圃場)の維持が、絶滅危惧種ナガオカモノアラガイ等の貴重な生息環境を守る「現代の逃避地」として機能していることを実証した。

2.2 広報戦略のイノベーションと市民の意識変容(定量的・定性的成果)
・多機関連携による広報改革:第1回観察会では自校Webサイトのみの広報であったため一般参加者が1名にとどまるという課題に直面した。この反省から、自治体(田原本町広報誌)や県農村振興課、県景観・自然環境課、県農村地域づくり協議会等との多機関連携広報へ抜本的に転換した結果、第2回では参加者が38名と爆発的に増加した。
・コミュニティ化と高いリピーター率:1回あたり30名以上が参加する観察会において、参加者のアンケート分析を実施した。直近の観察会ではリピーター率が最高55.6%に達し、単発イベントではなく「地域住民の体験型・継続的な学びのコミュニティ」として定着した。
・市民意識の量的・質的変容:認知度の向上:初期アンケートにおいて「生物多様性」という言葉を「まったく知らない」層が61.8%を占めていた市民に対し、体験型観察会を通じて主流化を力強く推進した。
・生物相の豊かさへの驚き:80%〜86.2%の参加者が本校で確認している野生生物の種数「786種」という生息数に「多い・やや多い」と回答し、身近な農業環境の価値を再発見させた。
・倫理的思考の深まり:外来種に関する自由記述において、「人間に責任がある」「単に排除するのではなく命の尊厳や管理のあり方を考えるべき」といった二項対立を超えた本質的な考察が市民から寄せられ、高い普及教育効果を示している。

2.3 地域未利用資源を活用した「サーキュラーエコノミー型」防除技術の実践
・環境負荷の低い害貝防除技術の開発:地域企業から生じる酒粕や梅酒漬け梅、そして廃段ボール片に着目し、これらを使うことでスクミリンゴガイの稲に対する摂食抑制効果を裏付けた。特に廃段ボール片は使いやすいことから、この普及について取り組みたいと田原本町産業建設部かせぐ地域課から相談を受けているところである。さらに天敵であるカラスの活用も視野に入れている。収穫量は前年のデータしかないが、被害抑制を行った水田の方が8%程多い結果となっている。例年は、比較対象となった無処理の水田の方が収穫量が多いことから、一定の効果が出たと判断している。
・体験型学習とSDGsの融合:観察会の中で市民や子どもたちが実際に水田へ梅を投入する実験を組み込むことで、「科学的面白さ」と「環境保全」を直感的に学べるプログラムを確立した。地域の廃棄物を利活用するアプローチはSDGs目標12(つくる責任 つかう責任)および目標2(持続可能な農業)に合致し、新聞(毎日新聞、奈良新聞、日本農業新聞)やYahoo!ニュース等にも大きく報道され、社会的波及効果を生んだ。

2.4 異分野連携・多世代協働(Flowers & Seeds)による持続可能な仕組み:バタフライガーデンによる「生物多様性×福祉×循環」の統合:最寄り駅や役場でのガーデン設置に際し、高齢者のフレイル予防・健康増進を目的とした管理体制を構築した。また、ハウス食品工業の麻袋、ワキ製薬のミミズ糞、橿原市昆虫館の甲虫類糞を土壌改良材として活用するなど、多様な企業・機関を巻き込んだ先導的な協働体制(エコシステム)を確立した。
・「Flowers × Seeds」によるノウハウの継承:高校生の在校生チーム「Flowers」を進学した卒業生チーム「Seeds」がサポートを行うことで、高校卒業後に活動が途切れるという課題を克服した。さらに大学や専門学校での学びを高校生に還元する「総合知の循環システム」を創出し、活動の永続性を確保した。

2.5 今後の発展的展望(OECM / 自然共生サイトへの挑戦)
 管理マニュアルの標準化を進めるとともに、本校農場を環境省の「自然共生サイト(OECM)」へ申請・登録することを目指している。これにより、奈良県絶滅危惧種ナガオカモノアラガイ等の生息エリアを「学校の取組による保全地域」として国際的に位置付け、全国の農業高校におけるネイチャーポジティブの先進的モデルとして発信していきたいと考えている。


🏫学校情報

奈良県立磯城野高等学校
〒636-0300
奈良県磯城郡田原本町258